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 12月31日。23時56分。あと数分で年が明ける。
 エースとルフィ、二人に出会ってから5年近くが経つ。

 ルフィの人工知能、その修復の目途がつくまでに予想以上に時間がかかってしまった。だが、時間をかけた甲斐があって満足のいく修復が出来そうだ。
 さすがに記憶を残してやることは出来ないが、ちゃんとルフィの人工知能を再生してやれる。全く新しい人工知能を入れるようなことは絶対にしたくなかったが、その心配もなさそうだ。
 目の前には横たわったエースの身体。あの頃よりも成長した姿へと造り替えてはいるが、エースだ。
 あの時、初めて出会った時のエースは10歳の身体だった。その身体のまま少なくとも3年は過ごしていた。エースが外見よりも大人びて見えたのはそのせいもあるのだろう。
 今のエースの身体は18歳前後に設定してある。10歳の身体、そのまま過ごした3年、そして待たせてしまった5年の月日。それを合算した歳だ。
 本当は10歳のままにすることも、もっと幼い身体にすることも出来た。だが、エースは子どもであることを気にしていたから、成長した姿にすることにした。ルフィを助けてやれない自分の小さな両手を悲痛な顔で見つめていたから。
 それでも、ギリギリ親の保護下に入るだろう年齢にしたのは、おれのエゴだ。

 右手にエースの人工知能を掴む。これを入れれば、エースは目覚める。
 約束した通りリセットされたそれには以前のエースの記憶は残ってはいない。いや、いないはずだ。
 全く残っていないと言い切れないのは、人工知能の構造に一箇所だけ不可解な部分があったからだ。
 それはエースの“Strong AI”にも、ルフィの“Transhuman H+”にも共通して見られた。全く異なると言っていい、構造の違う二つの人工知能の両方にだ。
 エースのファイルにもルフィのファイルにもその存在は記されていたが、それが何の機能を果たしているのかについては記されていない。と言うよりは、意図的にファイルから削除されているように見えた。
 その他のプログラムなどについては細かく記されているというのに、そこだけ真っ白なのだ。
 何の働きをしているのかわからない以上、簡単に取り外してしまうわけにもいかない。何か、人工知能の働きを抑制するようなプログラムでも入っているのかと思ったが、正常に機能していた時にもそれはあったはずだ。ということは働きを阻害するものではないのだろう。
 どういうわけか、それは人工知能と一体化しているにも関わらず、人工知能のリセットは影響しないらしい。だからエースの記憶も全て消えてしまった『はず』なのだ。

 そっと、人工知能をエースの中に入れる。
 5年だ。長かったろう。待たせて悪かった。
 起動する。エースが目覚める。
 おかえり、エース。
 そして初めまして、おれの息子。

「気分はどうだ、エース」
「………エース?」
「ああ。エース。お前の名前だ」
「そうか。おれはあんたに造られた。そういうことでいいのか?」
「ああ、まあ、そんなとこだな」
 正確に言えば造ったのはおれではないが、以前の記憶がない以上それを説明したって仕方ないだろう。おれが造ったことにしておいた方が何かと都合もいい。
「目覚めて早速悪いんだが、お勉強の時間だ」
「勉強?」
「3枚のチップ。これをインストールしてくれ。これからお前に必要なもんなんだ」
「わかった」
 エースは俺の手から3枚のチップを受け取る。以前のエースを知っているだけに、何も反論のないところが引っかかってしまう。
「……エース」
「何だ」
「……いや。それが済んだら食事にしよう」
「食事?おれはアンドロイドだろ?食事は必要ないんじゃねえのか?」
「いいや。お前にも食事は必要なんだ。消化器官もある」
「………」
 怪訝そうな顔を向ける。食事なんて無駄でしかないとか、そんなことを思っているに違いない。それでこそエースだ、とおれは笑った。
 あの時、10歳のエースは自分たちに食事は必要ないと言った。食事の代わりに充電がある。あとは粘膜などの水分補給用に特製のジェルを一定時間おきに体内に流し込む。それだけだと。
 食事を摂る必要がないから、食料品を買いに行く必要もなかった。危険を冒して外に出なくても良かった。だが、生きているという実感もなかっただろうと思う。
 充電が切れそうになれば勝手に充電されて、そしてまた充電が尽きそうになるまで動く。そうやって日がな一日ただルフィの側に居続けたのだろう。
「今日はお前の誕生日だ、エース。誕生日は祝わなきゃなんねえ。今晩は宴だ。ちょうど正月だしな。ごちそうをたらふく食わしてやる」
 ただおれの元にもう一度誕生してくれたこと、それだけでお祝いなんだ。なあ、わかるか。エース。


 一日一日をエースと共に過ごすうちに幾つか気付いたことがある。
 エースは自分の人工知能を、未完成なものとして考えている。自分のことを感情を持たないアンドロイドだと、そう見なしていた。
 10歳の姿だったエースも最初そう思っていたのかはわからないが、ただ、アンドロイドは結局のところ人間の道具だと、そう認識していたのは確かだ。
 18歳のエースもそう認識している。アンドロイドは人間のために存在し、役に立たなければ意味がないと思っているらしい。
 そこに感情は必要ない。感情など排除すべき対象だ、と。
「なあ、エース。人間ってのはどんな生き物かわかるか?」
「……どんなって、直立歩行とかそういうことか?」
「いや、そういうことじゃなくてだな」
「つまり、あんたみたいなのが人間だろう?」
「……まあ、そうだが。じゃあお前は?」
「おれはアンドロイドだろ。造ったのはあんたじゃねえか」
「人間とアンドロイドの違いは?」
「アンドロイドは機械だ。それを道具として使うのが人間だろ」
「お前に感情はないのか?」
「おれはアンドロイドだ。道具に感情はいらねえだろ?」
 違う。それは違う。お前は道具じゃない。一人の、人間なんだ。
「エース。人間ってのはよ、たまにどうしようもなく愚かな生き物に成り下がるんだ。本来なら人間ってのは感情的だが理性のある高尚な生き物のはずだ。なのに、理性も働かず感情に突っ走って、本当に愚かな行動を取ることがある」
「それでも、人間だろ。おれとは違う。」
「感情がないから?」
「感情だけじゃねえ。全部だ」
 エースはそう言い切る。
「……なあ、エース。感情ってのは厄介な代物なんだ」
「何が言いてえ」
「厄介で、どうしようもなくて、でも必要なものなんだ」
 感情に流された行動にエースとルフィがどれだけの傷を負わされたか、それはわかっている。
 それでも、二人の間に確かに大事な感情も存在していたはずだ。
 人間を恨んだっていい。自分と人間の間に境界線を引いたっていい。
 でも、お前が抱いた感情だけは否定しないでくれよ。
「3年だ」
「3年?」
「ああ。3年だけ、待っててくれ」
「……今日はいつもに増して意味わかんねえことばっかり言うんだな」
「そうだな。わけわかんねえだろうな。でも、3年経てばわかる。3年は長いだろうが、辛抱してくれ」
 10歳のエースはルフィと共に過ごした3年間を長かったし、短かったと言った。
 今度の3年間は長いだろう。だが、これから3年内に、ちゃんとルフィを目覚めさせてやる。
 そしてその時が漸く始まりなのだろう。

『エースと、シャンクスと、もっといっぱい過ごして、喋って。
そうやって暮らしてみたかった。』
 おれにできるのはその暮らしをお前たちに与えてやることだけだ。

 なあ、エース。
 なあ、ルフィ。
 もう迷うな。
 おまえたちの居場所はちゃんとここにある。


 Goodbye stray sheep.
 And welcome my dear!



→(後編)