10

 ベックマンに連絡を入れると、奴はすぐにとんできた。あいつのことだから仕事を疎かにすることはねえだろうが、ここまで早いとなれば多少の無理はして来たに違いない。まあ、機関内部にどんな支障が出ようがおれの知ったことではない。

 おれは新しく家を構えた。外見は普通の一戸建てだ。中にはもちろん設備の整った研究室を設けている。
 ルフィが造られたあの家をそのまま使わせてもらうことも考えたが、やはり新しい家の方がいいだろうという結論に達した。
 あの土地の持ち主がエースとルフィの創造主である以上、何処からか目に見えないほど細い糸を手繰り寄せて、機関の者が辿り着かないとも限らない。
 それに、あの場所は二人にとっていい思い出ばかりの場所でもない。
 だがそれは建前で、おれはただ新しい場所で、新しい家族を築きたかっただけなのかもしれない。

 新築の家にやって来たベックマンは、来るなり盛大に顔を顰めた。反応が予想通りすぎて、つい吹き出してしまう。
「……どういうつもりだ」
「まあまあ、そう怒るなよ」
「怒ってるわけじゃない。ちゃんと説明しろって言ってんだ」
「あ?怒ってねえの?すげえ怖い顔して登場するもんだからてっきり怒ってるもんだと思ってた」
「……お望みなら怒ってやらんでもないが」
「うそうそ。ちゃんと話すさ。まあ、上がれよ。おれたちの新しい家なんだ。いい家だろう?」
「おれ、たち?」
「ああ。おれと、二人の子ども。エースとルフィの家だ」
「何だ。隠し子を引き取ったのか。二人とは意外だ。もっとたくさんいそうに見えた」
「……真顔で言うな。真顔で」
 てっきり冗談だと思ったのに、更に真顔で「違うのか?」と返されるから困る。どこまで本気なんだ。全部本気だとしたら、それはそれで困る。おれは普段どんな風に見られてんだ。

 玄関から廊下を通り、居間ではなく直接研究室に招き入れる。どうせ居間に連れて行ったところですぐにこっちに連れて行けと言われるに違いなかった。
「結構充実した設備じゃないか」
「だろ?機関にいた間のお給金、たんまり溜め込んでたからパーッと使ってやった。初めて機関が役に立ったと思ったよおれは」
「全額使ったのか?」
「いいや。半分ほどだな。あとは子どもたちのために積み立てとかねえとなんねえだろ?いや、それにしても半分でこんだけ立派な家が建つんだから、ほんとあそこは金持ちだよなあ」
「あんたの給料は少々特別だろうがな」
「へ?そうなのか?」
「知らなかったのか?」
「おれ、他人の給料興味ねえし。みんなこんなもんだとばかり」
「……さすがに全員にあんな給料やってたらすぐに潰れる。機関は金で飼ってるつもりだったんだろうが、そうか、本人は全くわかってなかったのか」
 どうやら機関はまた無駄なことをしていたらしい。金で飼われていたとは、全く知らなかった。そりゃあすぐに辞めると言い出してさぞかし驚いたことだろう。いやはや、良い事をした。
「それで?こんな研究室まで構えて何をするつもりだ。完成した人工知能を持ったアンドロイドってのを探しに行ったはずだろう?」
「ああ。ちゃんと見つけた。まあ、そう急くなよ。ちゃんと会わせてやる。おれの子どもたちに」
「……話が見えないんだが」
「見ればわかるさ。まだ目覚めてねえから姿しか見せてやれねえけど、今はそれで勘弁しろよ?」
「何を、」
「じゃーん。これがおれの子どもになるエースとルフィだ」
 機能停止している状態の二人をベックマンに見せると、さすがに驚いたらしい、目を見開いた。
 ルフィの怪我はだいたい直してある。どうせ後から身体をもう少し成長した姿に造り直すつもりだとはいえ、あのままの状態にしておくのは痛々しくて我慢ならなかった。
 だから、ベックマンの目に映ったのはただ眠っているだけの10歳と7歳の少年二人だ。
「……子どもって……。アンドロイドの身体だろう、これは」
「おっ。さすが専門で研究してる奴は騙されねえか。人間にしか見えねえと思ったんだけどな」
「ああ。動いてたらわかんねえだろうな。ただ、この二人は今息をしてねえ割にやたらと血色がいい。それだけだ」
「なるほどな。止まってる時限定だが、そういう見分け方もあんのか」
 今後役に立つことがあるのかどうかはわからないが。機能停止状態のアンドロイドと死体の区別のつけ方など知っていても役に立ちそうにない。
「そんなことより、何だこの二人は」
「言っただろ?おれの息子になるんだ」
「………おい」
「言っておくが冗談を言ってるわけじゃない。おれはこの二人に人工知能を入れて目覚めさせて、そして家族として暮らすんだ」
「どういうことだ。人工知能を取り入れたアンドロイドに反対してたのは他ならぬあんただろう?」
「そうだ。おれは今だって全面的に賛成しているわけじゃねえ。機関が無制約にアンドロイドを造るつもりだってんなら全力で止めるさ」
 眉間に皺をよせてじっとおれを見つめる。どこまで本気なのか、それを計っているのだろう。
「……とにかく、詳しい話を聞いてからだ。」
 物分りがよくて非常に助かる。もう長い付き合いだ。おれが言い出したらきかねえことくらい、嫌というほどにわかっているのだろう。
「そうだな。一から話そう。二人の名前はエースとルフィ。おれが探していたアンドロイド、それがこの二人だった」

 おれがエースとルフィの元に辿り着くまで、そしてエースに会い、ルフィの状態を知り、二人を引き取ると決めたところまで、長い話にベックマンは簡単な相槌のみで話を遮ることなく真剣な面持ちで聞いていた。
「人工知能の危険性はわかってる。いや、おれはずっとわかってるつもりだった。だが、エースとルフィに会って、おれは漸く本当の意味でアンドロイドのことをわかったんだと思う」
 ギリギリで、おれは間に合ったのだ。手遅れにならなくて良かったと思う。本当に。
「なあ、出発する前、アンドロイドを見つけたらどうするかについて、おれが何て言ったか覚えてるか?」
「ああ。場合によっては人工知能を取り出して、破棄する。そう言ってたな」
「そうだ。場合によっては、なんて言っておいて、おれは破棄する以外の考えは持っていなかった。最初から破棄するつもりで探しに行ったんだ」
「そうするしか他に方法がねえ、とも言ってたよな」
「行く前はそう思ってたな。だが、違った。おれが取る方法なんて最初からなかった」
「方法が、ない?」
「ああ。破棄なんてよく言えたもんだと思う。エースもルフィもちゃんと心を持ってた。人間と何も変わらねえんだ。なのにその心臓ともいえる人工知能を取り出して破棄なんて、ただの人殺しじゃねえか。違うか?」
「だが、それは被害を増やさないためだろう?」
「次の被害を出さないためなんて、何も罪を犯していない人間を殺していい理由にはならねえ。おれはエースとルフィに会うまでわかっていなかった。上っ面で反対してただけで、おれも心のどこかでアンドロイドは人間とは違うと思ってたんだろうよ」
 本当に人間と同じだと思っているなら、破棄なんて言葉が出るはずもなかった。
 おれはちゃんと生きている二人に接してしまったから、一生懸命生きている二人を見てしまったから、簡単に生きることを諦めさせてはやれない。
「エースとルフィは人間だった。身体は機械だが、二人の持ってた感情は本物だった。造り物なんかじゃねえ。だから、おれは二人にもう一度、ちゃんと幸せな時間を与えてやりてえんだ。勝手な話だ。自分でもわかってる」
「……あんたの身勝手さならよく知ってる。だが、ルフィはもう一度目覚めさせてもルフィじゃねえんだろう?」
「ああ。以前のルフィとしての記憶は何も残っちゃいねえだろうな。それに、エースもだ」
「エースも?」
「おれが頼んだとき、エースはかなり強情でな。なかなか首を縦に振ってはくれなかった。そんな勝手な話があるか、とか、あんたの我侭におれとルフィを巻き込むな、とか、そりゃもう酷い言われ様だったんだぞ」
「……だろうな。エースの言ってることが正しい」
「ルフィは楽勝だったんだがな。説得するまでもなく頷いてくれた」
 あまりにも即答すぎて、本当に理解しているのか疑ったほどだ。
 それに比べてエースの説得は大変だった。エースは元々人間を信用していなかったから尚更だ。
『あんたはおれに一言、ただ命令さえすればそれで済む。おれは人間の命令には逆らえない。なのに何故命令せず、同意を得ようとするんだ?』
 と、そう訊かれた時はエースの人間嫌いの根の深さにため息が出そうになったくらいだ。
「……で、結局エースも上手く言いくるめて連れて帰って来たってわけか」
「人聞きの悪い。ちゃんと同意有りだ」
 まあ、ルフィの力を少々借りたのは確かだが。
「だが、やっぱり一筋縄ではいかなくてな。条件付だった」
「条件?」
「エースの人工知能もルフィと同じように一度まっさらな状態にすること。それが条件だ」
 エースはルフィと同じ条件となることを選んだ。どうしたってあの時までのルフィは消えてしまうから、自分もそうしようと思ったのだろう。一人にするのも一人になるのも、どっちも堪えられなかったのだ。ルフィも、エースも。
「記憶もないのに危険性を認識した上で目覚めさせる意味はあるのか?」
「さあなあ。一種の賭けだろうな。ルフィの方は性格すら変わっちまう可能性がある。できる限り手は尽くすつもりだが、核の焼付きが酷いからな」
「それでも、賭けるだけの価値があるってことか」
「まあ、どんな性格だろうと、以前の二人とどんなに違ったとしても、おれは全力で愛してやる自信があるけどな」
「やめとけ。二人が可哀想だ」
「失礼だな。……いや、冗談は抜きにしても、だ。エースとルフィは大丈夫だと思うぜ?」
「何だ?妙に自信があるみたいだが」
「ああ。まあ、見てろ」
 エースとルフィの絆はそう簡単に切れやしねえ。
 根拠など無くても、そう確信できるほどの何かが二人にはあった。