03

 横流ししてもらったアンドロイドの情報片手に、シャンクスは見知らぬ町を歩いていた。
 予想していたより遥かに田舎の町だ。別に都会である必要はないのだが、それにしたって見渡す限りの畑と田んぼ。おまけに山に囲まれていて交通の便も悪い。
 本当にこんな場所でアンドロイドが造れるのか疑問である。それに、こんな長閑な場所に最先端の知識と技術が埋もれていたと思えば末恐ろしくもある。
 いや、逆か。
 こんな場所だからこそ今まで見つかることなく埋もれていられたのかもしれない。

 未だ整備も不十分なままの道を歩き、辿り着いたのはこの町には少し大きめの建物だった。とはいえ普通の家だ。アンドロイドが造られるような設備が整っているとは到底思えない。
 今まで研究機関にいたためにアンドロイドはああいった設備の整った場所で造られるものだという認識があることは確かだが、それを抜きにしてもここはただの一般家庭の住む家にしか見えなかった。
 もしかすると外見だけ普通に造られていて、中は全く違ったものになっているのかもしれない。
 そう思いながら玄関の引戸を叩いてみるが、中から誰かが出てくる様子も無かった。無人、なのだろうか。一応予想はしていたことだが。
 さて、これからどこに向かうべきか、と暫く玄関の前で逡巡していると、町の者だろう、一人の男に声をかけられた。まだ20代前半といったところだろう。

「この家に何か用ですか?」
「……あ、ああ。この家の持ち主を探しているんだが、心当たりはあるか?」
「さあ……。もう三年近くも前からここには人が住んでいませんからね。もし気になるようでしたら、中も見ていきます?何も手掛かりになるようなものはないと思いますけど」
「入れるのか?」
「ええ。鍵ありますし、別に構いませんよ」
 男はズボンのポケットから鍵を一つ取り出した。慣れたように玄関を開け、どうぞと促す。
「僕はこの町の役場の者なんですけどね、時々こうやって風を入れに来るんです。昨年役場に勤め始めたばかりなので鍵が預けられた経緯とかはよく知らないんですけど」
 男はそう言いながらあちこちの窓を開け始める。日差しが差した室内はよく見る家と変わらない。
「……なんと言うか、普通の家だな」
「ははは。何ですかそれ。からくり屋敷でも想像してました?」
「いや。……まあ、そうだよな」
 少し、外見とは違って研究施設らしい内装を期待していた。こんな何の変哲もない家では本当にこの先の手掛かりなど掴めそうにない。
 だが、情報が正しいのだとすれば確かにここには一人でアンドロイドを完成させた科学者と、そして造られたアンドロイドが住んでいたはずなのだ。
「なあ、ここに昔住んでたって奴のこと、何か知らねえか?何でもいいんだが」
「……そうですね。知ってることといえば、ここに住んでたのは30代後半くらいの男の方と、二人の男の子っていうことくらいですね。男の子は小学生くらいだったと思います。あ、でもそれが三、四年前の話だから今はもう少し大きくなって、小学校の高学年か中学生くらいですかね」
「二人の男の子……」
「ええ。この町はそんなに広くないし人も多くはありませんから多少は知ってますけど、僕とは年代も離れてますし名前など詳しいところまではわかりません。その子たちと同じ年くらいの子に訊けば何かわかるかもしれませんけど」
「そうか。いや、ありがとう。後で訊いてみるよ。ところでこの家の中は自由に見て回ってもいいのか?」
「ああ、はい。もう半分町のものみたいになってますからね。壊したり荒らされたりは困りますけど、普通に見られるくらいなら構いませんよ。……そういえばこの間もここを訪ねて来た人がいたみたいなんですけど、もしかしてそれもあなたでしたか?」
「いや、おれは今日初めてこの町に来たんだが、おれの前にもここに来た奴がいるのか?」
「あれ?じゃあ違う方だったんですね。その日は休日で役場も閉めてましたのでこうやって中を見せたりはしてないんですけど、その人は町の者にこの家の所有者について聞きまわってたらしいです。もう三年も前から人が住んでいないってわかると諦めて立ち去ったみたいですけど。それにしてもこんな短期間で二人も訪ねて来るなんて、やっぱり何かあるんですか?」
 興味津々な顔で訊かれる。長閑な町にそういった事件性のあるかもしれないものは刺激的なのだろう。
「……いや、別に何もない。ただの偶然だろう」
 そう返すと、わかりやすいほど落胆した表情になって、つい笑ってしまった。

「じゃあ、僕はいったん役場に戻りますので、自由にご覧になってください」
「ああ。ありがとう。鍵はどうしたらいい?」
「そのままでも構いませんよ。後で閉めに来ますし。気になるようでしたら閉めて役場まで届けて下さると有難いですけど」
「わかった」

 役場の男を見送って、一つため息を吐く。おれの前に訪ねて来た奴ってのは十中八九機関の人間だろう。男の話を聞く限りではそいつも有益な情報は得ていないみたいだが、それはイコールこの町の者に話を聞いてもアンドロイドに繋がる情報は得られないということだ。おれにとってもそれはあまり良い話ではない。
 見渡す限りではあまり期待は出来そうにないが、とりあえず家の中を一通り探ってみる。

 一階には台所、居間、大き目の和室が二つとその半分くらいの和室が一つ、風呂とトイレ。二階にも和室が二部屋だ。変わったところは特にない。
 いや、変わったところが特にないというところが逆に引っかかる。
 居間にも和室にも家具などは残されたままだ。台所には冷蔵庫だって電子レンジだってある。食器棚の中には食器が残されたままだ。今すぐここで生活しようと思っても、特に困ることはないだろう。
 普通、引越しをするなら家具なども一緒に運び出すだろう。たとえ新しい家に合った家具を買い揃えたとしても、食器までそのままとは考え難い。
 ということは三年近く前にいなくなったというのは、ただ引っ越しただけではない可能性が高い。
 そして気になることはもう一つある。この家には家具が残されたままになっているというのに、何処にも本棚が見当たらない。
 研究者であるというのなら、かなり大量に本を所有していたはずだ。少なくとも、機関内で見てきた科学者の部屋は例外なく本や書類で埋め尽くされているのが常だった。
 それなのに本の一冊も見当たらないというのは違和感を抱かずにはいられない。これだけ家具を残していて、まさか本棚だけ移動させることもないだろう。
 あくまで可能性の話だが、そこに何か手掛かりがあるかもしれない。例えば隠し部屋、とか。

 屋根裏部屋には特に何も見つからなかった。外からの建物の形と内装を見る限り、一階と二階に不自然な場所はない。となれば、可能性があるのは地下か。
 もう一度一階を重点的に調べ直す。特に怪しいのは居間だ。もし地下に研究室のようなものを造っていたとしたら、ここの所有者は日常的にそこに出入りしていたはずだ。それなのにわざわざ畳を動かさなければならない和室に入口は作らないだろう。それよりはフローリングの床である居間の方が何かと細工しやすい。
 居間にあるのは1人掛けのソファが二つと、机を挟んだ向かい側に二人掛けのソファが一つ。そして引き出しのついた横長の棚が一つと、テレビだ。床にソファやテレビを動かしたような痕は残っていない。ならば、一番怪しいのは奥に置かれた棚だ。

 引き出しを開けてみれば、中には工具や救急道具など日常品が入っていた。わざわざこの中身を出さなければならないような仕組みにはしないだろう。
 ならば棚の外側、簡単に触れられる場所に何か仕掛けがあるはずだ。もしくはその近くの壁、とか。
 棚の上には30センチ四方ほどの鏡が掛けられている。その鏡を横にずらしてみる。
「……ビンゴ。」
 鏡に覆われていた其処には、0〜9の番号のついたボタンが隠されていた。
 だが、そうは言っても番号もわからなければ何桁かすらも定かではない。まさか0から順に探っていくわけにもいくまい。
 多少荒療治ではあるが、開いて小細工した方が早そうだ。アンドロイドを造ることに比べればこれくらいの認証装置を弄ることくらい何でもない。数分もあれば十分だ。すぐ下の棚の中には工具が入っているわけだし。


 そうして認証装置を誤魔化すと、床と共に棚が動く。そこから現れたのは地下に続く階段だ。
「からくり屋敷、ねえ」
 こんな仕掛けが隠されているのだから、立派にからくり屋敷だろう。あの役人が見たら喜びそうだ。さすがに教えるわけにはいかないが。

 階段を下っていくと、少し、期待していた内装に近付いてきた。研究者らしい書斎もある。其処には壁一面を埋め尽くすほどの大量の本も。
 残念ながらここにはこれ以上アンドロイドを造るための機器だとか、そういった類のものは見つかりそうにないが、こういう部屋があったということ自体はかなり大きい。少なくともあの情報は完全なデマカセではないということだろう。こんな隠し部屋、普通の家庭にあるもんじゃない。
 もしも以前ここに住んでいたアンドロイドたちの手掛かりがあるとすればこの書斎だろう。そう思って書斎のデスクを調べてみると、一番上の引き出しに分厚いファイルが二冊、入っていた。
 表紙にはそれぞれ『No.1』と『No.5』という番号がふられているのみで、他には何も記されていない。間の番号が飛んでいることに首を傾げながらも適当にパラパラと捲ってみた瞬間、目を見開いた。
 それは間違いなくアンドロイドに関する資料だった。頭から足の先まで、こと細かに記されている。

 一度ファイルを閉じ、表紙に手をかける。微かに手が震えている。思わずごくりと喉が鳴る。
 ファイルの一枚目にはアンドロイドのプロフィールデータが記されていた。
 一冊目のファイルには10歳ほどの少年の顔写真が、二冊目にはもう少し幼い顔つきの少年の写真が貼られている。

 各々のファイルには、
『name : Ace』
 そして
『name : Luffy』
 と記されていた。