05

「な?入れただろ?」
 男は勝ち誇ったような笑みでルフィを指差した。

 結論から言えば、ルフィは子ども料金で遊園地の中に入れた。それも一切引き止められることなく、だ。それどころか、「楽しんで来てね!いってらっしゃーい」と手を振られる歓迎ぶりだった。
 律儀にもぶんぶんと手を振り返すルフィは自分に渡されたのが子ども用のチケットであることには気付いていないのだろう。せっかく入れたのだから気付くまで何も言うまい。ずっと気付かないだろうとは思うのだけれども。

 入園ゲートへ向かって行った時の勢いからして、ルフィは遊園地の中に入った途端にあらゆるアトラクションに向かって走り出すのだろうと思っていたのだが、実際には周りを一望して固まった。
 明らかに情報量に処理速度が追いついていない。ただ遠くから眺めているだけだというのに、こいつの情報の受け入れ方はどうなっているのだろう。
 まさか与えられる情報を1から10まで全て取り込んでいるのだろうか。そんなの、限られた容量ではすぐに無理が出る。情報を取捨選択するのは基本なのだ。
 そこまで考えて、そういえばこいつは渡された3枚のチップのうち2枚しか読み込んでいないということを思い出した。残された1枚の中にそういった基本的な情報が埋め込まれていたのかもしれない。それなら完全に自業自得ってやつだ。
 しかし放っておくといつまでもここで景色の情報を受け入れ続けかねない。適当なところで止めてやらねばなるまい。
「おい、ルフィ。そろそろ行くぞ」
「……ん?お?エース?」
「楽しみにしてたんだろ?アトラクション。」
「おお。そうだ。おれいっぱい乗りてえやつあるんだ!行こう、エース!」
 ルフィはおれの手を掴むと、漸くそこから一歩進み始めた。
 やれやれだ。世話がやける。

「おーい。ルフィ、エース。ちょっと来い」
 声のする方に目を向ければ、入り口すぐの場所にある花壇と日時計の前で男が手招きしている。
呼ばれるままに近寄ると、折り畳まれた紙を渡された。どうやらアトラクションの情報が盛り込まれたこの遊園地の地図であるらしい。
「そんじゃ後は若え奴らに任せるから、おまえら自由に遊んで来い。夕方ここに集合な。はい、では、解散!」
 男はそう言って、パンッと手を叩いた。
 ……解散って。何かまたよからぬことを考えているのではなかろうか。
「なんだ?シャンクスは一緒に行かねえのか?」
「おれはもうおまえらみたいに遊園地ではしゃぐ年じゃねえし、子どもらだけで回った方が楽しいだろ」
「そういうもんか?」
「ああ。ルフィ、お前はエースと一緒にめいいっぱい楽しんで来い」
「おう。わかった!」
「それとエース。ルフィが迷子になんねえように頼むな」
「なんだと!おれは迷子になんかなんねえぞ!」
 男の言葉に噛みついたルフィに二人そろって目を向ける。そして男は無言でおれに目を移し、おれは一つ頷いた。
「……わかった」
 放っておけば迷子になるに違いない。妙な確信があった。


 男と別れると、ルフィはおれの腕を掴んで急かし始めた。どうやら一番最初に乗るものは既に決めていたらしい。
 何処にあるんだ?と地図を広げると、暫く地図上に目をさ迷わせて、そうしてある一ヶ所を指さした。
「これだ!これに乗りてえんだ!」
「あー…。これは絶対ものすげえ時間かかるぞ」
 なんと言ったって、ルフィが指したのは今やこの遊園地の目玉である新アトラクションだ。既に詰めかけた人たちが長い列を作っていることだろう。一時間や二時間の待ち時間は覚悟しなければならない。
「いいんだ!乗りてえやつに乗らねえと後悔すっからな!」
「………」
 こいつはまた。機械のくせに後悔なんてものを簡単に口に出す。
 まあ、どうせ他の乗り物とて待ち時間に多少の違いはあれど長い列に並ばなければならないことに代わりはない。それなら一番乗りたいやつを選んだ方がいいのだろう。
「んじゃまあ行くか」
「おう!……あっ!エース!あそこにもなんかおもしろそうなもんがあるぞ?!」
「……新アトラクションはどうした」
「そうだった!んじゃちょっとだけあっち寄って、それから急いで行こう!」
「……まあ、いいけどよ」
「あっ!あっちにもなんかあんぞ!」
「………」
 目当てのアトラクションにたどり着くまでに日が暮れるかもしれない。


 漸くアトラクションにたどり着いたとき、ルフィの手にはわたあめやらホットドッグやら風船やら、とにかくいろんなものがあった。途中で寄り道ばかりした、その成果だ。
 見た目も、そして何より行動が子どもらしいルフィは店の人やそこらへんを闊歩している何かの着ぐるみを着た人間たちに気に入られやすいらしい。立ち寄る場所でことごとくいろんなものをサービスしてもらっていた。ここまで来れば一種の才能のような気さえする。
 わたあめを作っていたピエロの好意によってやたらとでかくなったわたあめを食べながら、ルフィは人の列に混ざった。その隣におれも並ぶ。
「すっげえなあ!ここに並んでんの、みんなアレに乗りてえ奴らなのか?めちゃくちゃ多いぞ!」
「だろうな。ルフィ。あそこのプレート見てみろ」
 そう言って列の最後尾付近のおれたちの少し前方に置いてあるプレートを指さす。
「んーと、ここまでで、180分。……180?!そんなにかかんのか!」
「そうらしいな」
 長い列が出来ていることも、長い時間待たされるだろうことも予想はしていたが、それにしたって3時間も待たなければならないとはさすがに思わなかった。
 これではこのアトラクションに乗れたとしても、夕方の待ち合わせまでにはあと1つくらいしか他のものに乗ることができないだろう。
「どうする?」
「ん?どうするって何がだ?」
「ここにずっと並んでたら他のやつ乗れねえだろ?せっかく来たんだからいっぱい乗りてえんじゃねえのか?」
「そりゃそうだ。でも並んでねえとこれに乗れねえんだよな?」
「ああ。だから、おれが並んどいてやっから、お前一人で回ってきてもいいぞ。そしたら3時間近く自由にいろいろ乗れるだろ?」
「いや、だめだ!」
「だめ……ってなあ、」
「だめだったらだめだ!それじゃあエースと一緒に回れねえじゃねえか!」
「……なんだ?お前、迷子の心配してんのか?」
 確かにそれは気がかりではあるが。
「違え!エースもシャンクスも失敬だな!おれは迷子になんかなんねえぞ」
「じゃあ何だ。大丈夫だってんなら一人でも別に、」
「一人で回ったって楽しくねえじゃねえか。そんなのつまんねえ。だからおれは何時間でも並ぶんだ」
「……ずっと並んでるだけだぞ?」
「いいんだ。エースが一緒じゃねえと意味ねえからな。それにエースがいるから並んでんのもつまんなくねえし」
 まるで当然のことのようにそう言って、わたあめにかぶりついた。
 そしておれはルフィを見て。
「……………」
「エース?」
「……………」
「エース!?どした?シャンクス呼ぶか?!」
「………いや。大丈夫だ」
 慌てた様子で問いかけるルフィに、絞り出したような声で応えた。

 なんだか いま。
 思考が何かに乗っ取られたみたいに。
 急に 何か。
 制御できないような 何かが。
 一気に押し寄せてきたみたいに。

 処理 しきれない。