04

 朝、ルフィが食い入るようにテレビを見つめていた時から嫌な予感はしていたのだ。そしてこういう状況ではルフィは決して期待を裏切らないということも、2日目にして早くもわかっていた。

 5月6日、ルフィの誕生日の翌日。ゴールデンウィークの最終日にして振替休日のこの日、ルフィは朝食の席に着くなり満面の笑みで言った。
「遊園地だ!遊園地に行こう!」
 どうやらゴールデンウィークを満喫するにはまだ遅くないだの何だのと、残りの一日で楽しめるスポットの特集が放送されていたらしい。もちろん遊園地もそこで紹介された場所の一つで、最近新しいアトラクションが入れられたばかりなのだそうだ。
 遊園地について語るルフィの瞳はわかりやすいほどキラキラしている。心既にここにあらず。とっくに遊園地まで飛んでいってるに違いない。
 しかしなんだってわざわざこんな日に遊園地に行かなければならないのか。連休最終日にして新しいアトラクション。その上テレビで紹介までされているとなれば人の多さは尋常ではないだろう。
 暫くすればそのアトラクション目当ての客も落ち着くだろうし、何も混んでいるとわかっている日に行かなくてもいいのではないかと思う。ルフィはそんなこと微塵も考えちゃいないだろうが。

「なっ!シャンクス!エース!遊園地だ!今日は!」
 おれは横目でチラリと男の様子を伺う。男は冷めたコーヒーをごくりと飲んで、ふむ、と顔を上げた。
「遊園地か。懐かしいな。何十年ぶりだろうな。よし、エースもルフィも行ったことねえし、今日はいっちょ遊園地に出かけることにするか」
「ほんとか!?じゃあ急いで準備だ!エースもだぞ!?」
 わざわざ念押ししやがった。
「………わかったよ」
 このおっさんが楽しそうなことに首を突っ込まない筈がないことも、言い出したら絶対曲げないことも既にわかりきったことだ。こうなったら諦めるほかない。


 そうしてやってきた遊園地は案の定すごい人だった。入場券の購入からして何十人と連なる列に並ばなければならない。
 その上、入ったら入ったでどこもかしこも人で溢れているのだろう。それをわかっていて列に並ぶのだから人間ってやつは物好きだ。そしてもちろん我が弟も。
 見ればルフィはさっきからそわそわと落ち着きがない。辺りを見渡して、目が回ったようにふらつくのを繰り返している。
 きっと初めての光景に情報処理が追いついていないのだろう。こんなに多くの人間を前にするのも初めてなら、外に出たことすら初めてなのだ。
 知識として最初から埋め込まれた情報はもちろん持っているが、やはり実際体感するのとはわけが違う。情報量に大きく差があるのだ。
 さすがにこれくらいの処理でエラーを起こすようなこともないだろうが、ルフィの様子を見る限りそれも心配になってくる。
 だが、ルフィを造った張本人といえばそんなことはお構い無しだ。
「おまえら、その外見で子ども料金は無理があるよなあ。0歳と3歳なのに。やっぱり大人3枚か?… …いや、ルフィは言い張ったらいけそうではある。」
「おいこら。やめとけよ」
 またしょうもないことばかり思いつきやがって。
 どうせ少しでも安く入りたいなどと思っているわけではないのだ。ただ本当に子ども料金で入れるか試してみたいとか、そんなくだらない理由に決まっている。
 一般料金ですんなりと入ることができるというのにわざわざ自ら問題を起こそうとする意味がわからない。騒動を起こさないに越したことはないのだ。ただでさえおれたちは普通ではないのだから。
「なんだ。つまんねえなあ。なあ、ルフィ。お前やってみたくねえか?」
「ん?何をだ?」
「子ども料金で入れるかどうか」
「子ども料金?誰が?シャンクスか?」
「ばか。どう見たっておれが一番大人じゃねえか。お前だ。お前。」
「おれ?なんだと!シャンクス失敬だな!おれは子どもじゃねえ。もう大人だ!」
 昨日生まれたばかりのくせによく言う。まだ1日も経ってないだろうに、いつの間にやら大きく成長したらしい。まったくもってそんな風には見えないが。
「ほーう。お前が大人ねえ。どの辺がどう大人なんだ?」
 にやにやと可笑しそうに笑いながら問う。ルフィをからかうのが楽しくて仕方ないんだろう。
「だってエースと風呂も寝るのも別々なんだぞ。子どもだったら一緒だろ。だからエースもおれも大人だ!」
「……お前、それどういう理論だ」
 男は必死に笑いを堪えている。というか堪えきれてない。さっきから肩が震えている。
「エース」
 漸く笑いが治まったらしい。肩にポンと手を置いて言う。
「あいつやっぱガキだ。間違いなく子ども料金でいける」
 確かに。と思ったことは内緒にしておく。


 しかし、やはりと言うべきか周りを見渡す限り親子連れの客ばかりだ。恋人同士で来ている者もちらほらと見えるが、やはりゴールデンウィークとなれば家族で外出する者が多いのだろう。そして十中八九子どもにせがまれて遊園地にやって来たに違いない。
 おれたちだって状況はそれと然して変わらないのに、男3人組というのは周りには見当たらない。珍しい組み合わせだからだろう、さっきからやけに視線が向けられているのは。もちろん人間らしく振る舞う自信はあるが、こうも視線を向けられればあまりいい気はしない。
 人間の視線ってのはどうしてこんなにも力があるのかと不思議に思う。目は物を見て認識するための受動器官だ。なのに何故他の者に圧力を与えるような力があるのか。それはおれたちにはない力だ。

 そんなことを考えているといつの間にか列は随分と進んでいたらしい。入場券の購入を済ませて、男は一枚ずつおれとルフィに差し出した。
 ルフィはそれを受けとると正面ゲートへと走り、振り替えって叫ぶ。
「エース!シャンクス!急げっ!早く入るぞっ!」
 逸る気持ちが抑えきれない様子で大きく手招きしている。
 その手に握られた入場券は明らかにおれのとは違う、子ども用だった。