03

 調子が狂う、とエースは思う。
 別に身体の何処かに異常を来したわけではない。いたって正常そのものだ。ただ、誕生したばかりの弟と一緒にいると回路がずれてしまったみたいに奇妙な感覚を覚える。

 そもそもアンドロイドなんていうものは身体も頭も総てが機械仕掛けなのだから規格外の答えを導き出すことはないはずだ。ある程度の情報を入力すれば一定の答えを出力する。
 1+1=2。
 なんてそこまで簡単なものでもないが、結局は同じことだ。1+1と入力されれば答えは2以外にない。

 最近躍起になってアンドロイドの開発を行っている研究者の中には人工知能の完成を我先にと競っている者もいるらしい。
 人工知能。様々な情報を取り込んで、一定の枠に縛られない自由な答えを導き出す。それはまるで人間の感情のようで、人工知能が完成すれば極めて人間に近いロボットが出来上がるという。
 馬鹿馬鹿しい話だ。
 例えば1+1と入力して答えが3になれば、それは粗悪品に違いない。正しい答えを出力するからこそ、アンドロイドの存在が必要なのではないのか。
 極めて人間に近いアンドロイドだなんて必要性がまるでない。人間という生き物がいるのだから別の存在をわざわざ人間に近付ける必要なんてないのだ。そんなの、人間さえ存在すればそれでいい。
 人間に造られたアンドロイドは所詮機械で道具だ。有能でなければ意味がない。
 少なくともおれ自身が出力した答えがこれだった。

 それなのに、新しく誕生した弟はアンドロイドだというのに規格外のことばかりやらかしてくれた。機械のくせに眠たがったり、必要な情報入力を「嫌い」の一言で拒否したり。
「なあ、エース。晩飯もエースが作んのか?」
 その上さっきまでたらふく飯を食らっていたくせに、もう次の飯を気にする。アンドロイドの規格はおろか人間の規格にも当てはまらないのではないかと思う。
「おれの飯は嫌か?」
「いやじゃねェ!エースの飯うめえからそうだったらいいなって思っただけだ」
「そうか。でも晩飯は出前の予定だ。今日はご馳走にするってあいつが言ってたしな」
「ご馳走!?何でだ?何かめでてえことでもあったのか?おれまだ祝ってねえぞ!?」
「ばか。お前が祝ってどうすんだ。祝われる側だお前は」
「……………んん?」
 どうやらまたもや上手く処理仕切れなかったらしい。そんな難しい話をしているつもりはないのだが。
「だから、一応今日はお前の誕生日だろ。ご馳走はその祝いだってことだ」
「おれの……誕生日……?」
「ああ。おれもそうだったし、あんまり自覚もねえだろうけどよ。あのおっさんはこういう機会は祝わねえと気がすまねえらしいからな」
「エースも祝ってくれんのか?」
「あ?……ああ、まあ、一応な……っておい!」
 頷き返すと、突然飛びかかってきた。いくら細っこいとはいえ、勢いよく飛び付かれればバランスを失う。しかもそのまま抱き着いて離れようとしないのだから、油断も隙もあったもんじゃない。
「しししっ。あんがとな、エース!おれすんげえうれしいぞ!」

 また、だ。こういうのが規格外なのだ。嬉しいという感情だとか、それを抱き着くことで表現したりだとか、そんなのまるで人間みたいではないか。
 おれたちは感情を求められているのではない。そう思うのに、ルフィを見ているとそっちの方が正しいような錯覚をしてしまう。
 今まで側には人間しかいなかったから、こんな奇妙な感覚は初めてだ。
 処理に、困る。

「エース!なあ、エース!」
「………あ?何だ?」
 いけない。ほかのことに気を取られればそれだけ反応が遅れてしまう。
「晩飯は肉な!肉!野菜抜きで肉てんこ盛りにしてくれ!」
「そうか。肉がいいのか。寿司でも頼もうかと思ってたんだけどよ」
「すし?!」
「ん?食ったことなくてもちゃんと寿司知ってんのか」
「おう!わかるぞ!米の上に魚のってるやつだろ!?」
 米の上に魚。それはなんとも語弊がありそうだが。
「すしかー。すしもいいなァ。でも肉は外せねえ!でもすし!いや肉!すし!」
「落ち着けよ」
「じゃあ晩飯は焼き肉とすしだ!どっちも食いてえんだから両方食ったらいいよな!」
「……まあ、いいけどよ」
 どうせ金はあいつの財布から出ていくわけだし。今日の主役のご要望とあれば。


 特上寿司と大量の肉、そして少しの野菜と酒を用意したところでルフィが男を呼んできた。まだ眠そうに大口を開けてあくびをしながらやってきて、机の上の食糧を見ると豪快に笑った。
「だっはっはっは。こりゃあまたすげえご馳走だなあ」
「なっ!すげえだろ!寿司と焼き肉だぞ!しかもこーんなにいっぱい!おれしやわせだ!」
 食べる前だというのに、弟はもう頬っぺたが落ちそうな顔をしている。
「成る程。これはルフィの希望が叶ったメニューなのか。だいぶ奮発したなあ。エース」
「懐が寂しくなっただろ」
「いいさ。今日は祝いだ。宴だ。そんな細けえこと気にしちゃいけねえ。なあ、ルフィ」
「おれの祝いか!」
「そうだ。お前の誕生祝いだ。好きなだけ食って飲んで騒げ!」
 そう言っていつもの椅子に座ると、早速グラスに酒を注ぎ始める。おれたちにもジュースの入ったコップを持つように促すと、「乾杯!」とグラスを合わせた。宴は乾杯がなければ始まらねえと言っていた通り、男は毎回決まって必ず乾杯をする。
「おめでとうルフィ。生まれてくれてありがとう」
 男はそう言ってルフィのコップにグラスを合わせる。
「……おれ何もしてねえぞ?」
「ああ。それでいいんだ。この家に、おれたちのもとにいてくれるだけでいい。それだけで十分だ」
「……そうか。じゃあシャンクスにはおれを造ってくれてありがとうだな!」
 ルフィはそう言うと、自分のコップをグラスに軽くぶつける。
「おっ。かわいいこと言ってくれるなあ」
 ぐりぐりと頭を撫でられ、ルフィは猫みたいに目を細める。
「しししっ。そんでエースも、ここにいてくれてありがとう、だな!」
 今度は自分のコップをおれのコップに。
 まさかこの状況で礼を言われるとは思わなかったので、上手く反応できない。
 弟を見れば満面の笑みで笑っている。
「あ……ああ。おれも、………ありがとう」
 そう告げると、弟の笑みが更に深まったように見えた。

 弟ができるのだと聞かされたとき思ったのは、面倒な奴でなければいいと、ただそれだけだった。なのに、どうしたって目の前にいる弟は面倒な奴にしか見えないのに、何処かでそれも悪くないと思う自分がいた。