02

 先ほど目覚めたばかりの『弟』は驚くほどの大食漢だった。
 その小さく細い身体の何処に入るのか、次から次へと食べ物が体内に入れられていく。これはさすがに消化器官を働かせすぎているとしか思えない。
 これでもかというほどに食い続けるルフィの隣で楽しそうに笑っている赤髪の男はいったいどれほど消化器官に手を尽くしたというのだろうか。まったく。無駄なところばかり手を込めたもんだ。

「うめえなあ!これエースが作ったんだろ?すげえな!エース天才か!?」
 しかしあまり味覚は発達していないらしい。以前のように丸焦げにしてしまうことはなくなったとはいえ、おれは一般的なものしか作れねえし味だって普通の域を出ない。天才だなんだと持て囃されるような代物では決してないのだ。
「そうかルフィ!エースの作った料理は美味いか!」
「おう。すんげえうめェぞ。な、シャンクスもそう思うだろ?」
「そうだな。確かに美味い。でも何で美味いかわかるか?」
「わかるぞ!それはエースが天才だからだ!」
 アンドロイドのくせに一瞬たりとも悩むことなく言い切ったルフィに、男は「だっはっはっは」と機嫌良さげに笑う。
「まあエースは賢いが、飯が美味いのはそれだけじゃねえぞ?」
「じゃあなんだ?」
「この飯はエースがお前のために作ってくれた料理で、それを家族揃って食べてる。だから美味いんだ」
「……そうか!」
 返答に少し間があったのは新しい情報を処理するのに時間がかかったからだろう。知らないことを上手く変換してインプットするのには、それが難解であるほど時間がかかる。
 それにしてもこのおっさんはまた変なことばかり吹き込みやがって。この男の言うことをいちいち素直に取り込んでいたらすぐにショートしてしまうに違いない。適当に聞き流すに限るのだ。

「エースがおれのために作ってくれた料理はうまくて、そんで家族揃って食う飯もうめえんだな!」
「そうだ。賢いな、ルフィ。いっぱい食って大きくなれよ」
 馬鹿なことを言う。いくら食べたってアンドロイドはそれだけでは成長しない。身体を成長させるには造り替えて貰わなければ駄目だ。そんなこと、誰よりこの男が知っていることだろうに。
「おれエースの飯すきだからいくらでも食えるぞ」
「そりゃあエースの愛が詰まってるからな」
「………愛か!」
「愛だ!」
 ………そろそろいいかげんにしとけよ、おっさん。


 じゃあ夕方まで寝てくるんであとよろしく、と言い置いて男は寝室へと向かった。リビングには取り残されたおれとルフィ。ルフィはさっきからじっとおれを見つめている。
 正直何を話していいのかわからない。無理に会話することもないのだろうが、こういうとき普通の兄弟だったらどう接するのだろう。

「エース」
「………何だ」
「おれも眠い」
「……お前眠いって感覚あんのか?」
 食べた後に眠気を訴えるなんて、まさかあの男は副交感神経に類似するものまで作り上げていたのだろうか。いくらなんでもそれは手が込みすぎている気がする。だいいち本当に必要なのかどうかすらも怪しい。
「んー。わかんねェ!なんかねむいような気がした」
「なんだそれは」
 早速故障でもしたのだろうか。まだそれほど複雑な情報処理もしていなければ、情報量も少ないだろうに。
「……そういえばルフィ、お前チップの読み込みあと一枚残ってるって言ってなかったか?」
「あー…。忘れてた。でもおれ疲れるからあれ嫌いだ」
「好き嫌いの問題じゃねえよ。おれたちには必要なもんだ」
「エースもやったのか?」
「ああ。3枚分きっちり入ってる」
「へェーそうか。んー、でもまあ、いっか!」
「いっか……ってお前なあ」
「バレるまでシャンクスには秘密な!」
 ルフィはそう言ってしししっと笑う。
 どうやら随分と問題児ではあるようだ。

 ルフィは注いでやったオレンジジュースを一気に飲み干した。ぷはーっと息を吐き出すとおれを見て問う。
「なあ、エース。エースはおれの兄ちゃんだろ」
「一応そうらしいな」
 血の繋がりなんてものがない以上、おれたちの関係を兄弟と定義していいのかはわかりかねるけれども。しかし一応親にあたる存在が同じなのだから兄弟と呼んでも差し支えないような気はする。
「そうか。じゃあ飯も風呂も寝るのも一緒だな!」
「………ちょっと待て。何だその間違った知識は」
「ん?ちげえのか?兄弟は小せえ頃何でも一緒にするもんじゃねえのか?」
「いや、それはある意味間違っちゃいねえが……」
 確かに幼い兄弟は行動を共にすることが多いだろう。風呂だって一緒に入ることは少なくないだろうし、寝るのまで一緒というのもありえなくはないかもしれない。しかしそれがおれたちにも当てはまるかと言われれば答えは否だろう。
「おれもお前も別に小さくねえだろ?」
「でもおれ今日生まれたばっかだぞ?エースだってまだ3歳だってシャンクスも言ってたし」
「………」
 またあのおっさんは要らねえことばかり吹き込みやがって。
「いくらまだ3年しか経ってねえって言っても、普通こんなにでかくなったら一緒に寝たり風呂入ったりしねえよ」
「そういうもんか?」
「そういうもんだ」
「じゃあシャンクスと風呂入ったり一緒に寝たりするのもおかしいのか?」
「まあ普通はしねえだろうが、それはあいつに聞いてみろよ。あいつがいいって言うんなら別に構わねえんじゃねえか」
 あの男のことだから喜んで一緒に入りそうではあるが。
「あいつ?あいつってシャンクスのことか?エースはシャンクスのことあいつって呼んでんのか?」
「あ?……あー、そうだな。今まで特に呼び方を気にしたことなかったからな。この家にはおれとあいつしかいなかったからよ、別に呼び方なんか気にしなくてもよかったしな」
 わざわざ名前で呼ばなくても、「なあ」とか「おい」とかでことは足りた。
 言われて初めて気が付いたが、おれは今まであの男を名前で呼んだことはないと思う。もちろん、親父なんて呼び方もしたことがない。
「そうなのか?でもシャンクスはエースって呼んでるよな?」
「ああ。お前もだよな」
「…………ん?」
 どうやら今の返答は上手く処理仕切れなかったらしい。
「お前もおれのことエースって呼ぶよな」
「おう。他に呼び方あるか?」
「いや、普通の兄弟は兄貴とか兄ちゃんとか呼ぶもんだと思ってな」
「ああ、それな。シャンクスにも言われたんだ。おれはお前の親だから父ちゃんって呼んでいいぞーって。でもな、シャンクスはおれのことルフィって呼ぶからよ、だからおれもシャンクスって呼ぶんだ。だってシャンクスだけおれのこと名前で呼ぶのずりいだろ?」
 そこでそれをずるいと捉えるのは変わっている。普通そうは考えない。
「シャンクスはおれのこと『息子』って呼ばねえし、エースも『弟』って呼ばねえだろ?」
「そりゃあなあ……」
 弟のことを普通『弟』と呼び掛けたりしないだろう。
「だからおれはシャンクスとエースって呼ぶんだ!エースは名前で呼ばれんの嫌か?」
「いや、別に構わねえが」
「それともエースはおれのこと『お前』っていうから、おれは『あなた』って呼んだ方がいいか?」
「………」
 それはかなり違うだろう。

 結局互いに名前で呼び合うということでケリがついた。
 おれの弟はアンドロイドであるということを抜きにしても随分と変わり者であることは間違いないと、そう思った。