エースのいない世界を、ルフィは知らない。

 これまで生きてきた17年という、長く短い年月の全てを共にしたわけでは決してなかった。この世に生を受けたときも、何も考えず風車の村を駆け回っていたときも、おそらく人生の分岐点であっただろう赤い髪の海賊に命を救われたときも、エースと同じ時を生きていたわけではなかった。
 自分という存在を作り上げた17年の中で、同じ時間を過ごしたのは半分にも満たない。一緒に過ごしたのはたった7年間でしかなかった。海に出る前の3年間も、海に出てからの大冒険の数々も、その中にエースはいなかった。
 いろんな体験をした。冒険をした。怒りに身を任せ、流れ出る血にも構わず突っ走ったこともあった。悔しくて悲しくて涙を流したこともあった。嬉しくて涙が止まらなかったこともあった。楽しくてたまらなくて、大声で笑うのはいつものことだった。

 エースと語り合える想い出というのは、意外と少ないのかもしれない、と思う。
 怒られたこともあった。笑いあったこともあった。兄弟の盃を交わして、嬉しかったあの時の自分の気持ちも、嬉しそうなエースの顔も決して忘れることはないだろう。
 けれど、大冒険を共にしたわけではなかった。どんなにたくさんの猛獣を倒しても、二人で過ごしたのは自分たちが創ったちっぽけな国だった。海の向こうの世界を夢見ていたおれたちの世界は、随分と狭い世界でしかなかったのだ。
 夜が明けたら海へ出る。誰だったかがそう言った。ならばエースと共に過ごした日々は、おれたちにとって夜明け前のことなのだろう。

 エースと過ごしたあの日々は、こうして振り返ってみると決して長いものではなかった。一生のうちでどれだけの割合を占めるのだろう、と思う。今ですら半分に満たないそれは、自分が一日一日を生きていくことで、これから先少しずつ、けれど確実に減っていくのだろう。
 それでも、エースのいない世界を、ルフィは知らない。
 大冒険に勤しんでいる時も、海へ出る前の3年間も、麦わら帽子を貰った時も、母親の腹の中で世界の何も知らなかった時でさえ、エースは世界に存在していた。エースのいない世界を、ルフィは一秒たりとて生きたことはない。エースのいない世界の色を、空気を、ルフィは知らない。
 時を共にすることは、それほど重要だとは思わない。どれだけ離れていようと大丈夫だと思う。いつかどこかの海の上でまた必ず会えるのなら、それまでどんなに遠くにいようと構わなかった。

 フーシャ村を離れて大嫌いな山賊の中に放り込まれたあの時から、エースはルフィにとっての唯一だった。知らない者ばかりの中で自分を支える足場であり、一歩を踏み出すための道標であり、代わりのいない家族だった。
 どれだけ離れていようと構わない。けれど、いなくなってはならない。エースという存在が消えてはならないのだ。

 ジンベエは言う。
無いものは無い。エースはもういないのだ。お前はエースという存在を失ったのだと。
 ルフィは返す。
残ったものがある。夜が明けて海に出て、おれがこの手で一つずつ集めたものがまだ残っていると。
 それでも。
 ルフィは思う。今までの17年間でエースのいない世界で息をしたことはなかった。海に出るよりも前から、頼りで、道標で、家族で、全てだった。世界だった。
 おれはあの日、生きてきた世界を一つ失ったのだ。



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