自身の顔にも身体にもそれなりに自信を持っている。伊達に十何年も磨いてきたわけではない。
 東の海で泥棒稼業をしていた頃にはこの容姿こそが武器だった。男のような腕力もない。人間離れした能力があるわけでもない。真正面からぶつかって行けば、血も涙もない海賊相手に勝てる筈もなかった。
 掴まってしまえばこの細い腕は簡単に折られて終わりだろう。そんな自分には、頭を働かせ、女であることを利用して油断を誘い、気付かれる前に逃げ出すしかなかった。
 だからこれはわたしの武器だ。頭のよさも、整った容姿も、大切に磨いてきた武器そのものなのだ。
 絶世の美女と謳われる海賊女帝を目の前にしてなお、それは揺らぐことがなかった。
 確かに美しいと思う。誰もを虜にするその美貌に一瞬だろうとも目を奪われたのも確かだった。それでも、敗北感は微塵たりとも抱かなかった。それは偏にそれがわたしの武器だからだ。
 例えばうちの船の方向音痴な剣士は、自分の刀よりずっと位の高い名刀と呼ばれる刀を持っている人間を目の前にしたところで、負けたとは決して思わないだろう。そりゃあ、すぐに折れてしまう刀では話にならないけれど、ある程度の刀さえ持っているなら、あとは自分の腕を磨くだけだとか、そんなことを言ってしまうに違いない。
 あのバカ剣士を引き合いに出すというのも何だか癪な話だけれど、それは海賊女帝を目の前にしたわたしと然して変わるものではないのだと思う。悲観したって仕方がない。切れ味で劣るなら、その差は他で埋めるだけの話だ。そうでなければこの海で海賊稼業なんてやっていられない。
 さすがに七武海と対等、とはいかないだろうけれど、怖気付くだとか、どうしようもない敗北感を味わうなんてことはなかった。
 少なくとも、対峙したときは、まだ。

 海賊女帝は真正面からわたしをとらえて、凛とした声を響かせた。
「わらわは美しい」
 その言葉を発するのに、何の躊躇もなかった。自信に満ち溢れた声。手を胸に当てて自身を示しながら、御丁寧にも言葉を加えて繰り返す。
「わらわはそなたよりもずっと美しい」
 面と向かってそんなことを言われたのは初めてだった。まるで喧嘩を売られているようだとも思ったが、決してそんなことはない。海賊女帝がわざわざ一航海士の女に正面切って喧嘩を売る必要など何処にもないのだから。
「それに、わらわはそなたよりも遥かに強い」
 自分の弱さを自覚しているわたしにとって、その言葉自体にはあまり意味がない。ただ、今目の前にいるこの人物が、この広い海でごまんといる海賊の一人にすぎないわたしに、まるで自分自身の存在を誇示するかのようにそんなことを言わなければならない、その事実こそが何より大きかった。
「美しさも強さも、他のどの女にも負ける気などせぬ。なのに何故わらわがどれほど望んでも手に入らぬものをそなたが持っておるのだろう」
 海賊女帝はわたしを見下したりなどしなかった。
 ただ真正面からまっすぐにわたしを見ると、少しだけ力を失わせた声で言った。

「わらわはそなたが羨ましくてかなわぬ」

 わたしは少しだけ瞳を逸らす。美しいと思った。容姿だけではない。美貌も強さも地位も名誉も手にした海賊女帝が、ひとりの女としてただただ美しいと思った。
 こんな敗北感はない。そう思った。見下されるよりずっと惨めだ。
 そしてそんな彼女が、少しだけ羨ましかった。



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