愛おしいという気持ちを初めて知った。うっかりすると涙が零れ落ちそうになってしまうくらい、愛おしくて愛おしくてたまらなかった。目を閉じると鼻の奥がツンと痛んでみたりなんかして、目頭が熱くなるという感覚を知る。ああ、このまま放っておいたらおれは本当に泣いちまうかもしんない。ルフィが笑ってるだけなのに。大安売り叩き売り大盤振る舞いのあの笑顔を見ただけでなんか平和だなあなんて思っちまう。重症だ。 重症。自分でもわかっている。そう。重症なんだけども、でもやっぱり愛おしくてたまらなかった。
 ルフィは弟ではあるけれども、そんな簡単に一文字で表せるような存在ではなかった。弟だった。家族だった。友達だった。仲間だった。恋人ではなかったけれども、誰よりも愛おしく思う存在ではあった。おれは多分、恋人なんて枠にルフィを押し込めてしまいたくはなかったのだ。兄弟という関係のまま仲間にはなれるけれど、恋人になってしまったら兄弟ではいられないんじゃねえかと思う。きっと恋人は恋人でしかなくなってしまう。おれは結構欲張りな人間だから、恋人であることよりも弟であり家族であり友達であり仲間であることを望んだ。
 ルフィはきっと、おれの恋人になっちまえよ、なんてことを突然おれが言い出したとしても、いいぞ、の一言で片付けてしまうのだろうと思う。そうして恋人になって、やっぱり恋人はやめよう、と言ったとしても、いいぞ、の一言で片付けてしまうのだろう。ルフィにとってその関係をどう呼ぶのかはあまり重要ではない。自分にとって大切か、大切じゃないか。重要なのはそれだけだ。兄ちゃんであろうと、恋人であろうと、ルフィの中でのおれにきっと変化はない。それはおれにとって重要なことだった。
 世界で一番ルフィのことをわかっているのはおれであって、そんで世界で一番おれのことを知っているのはルフィなんだろう。全てを知っているわけでもわかっているわけでもないけども、世界で一番は誰にも譲ってやれない。

 おれを世界に繋ぎとめたのはルフィだったから、おれはルフィのためだったら世界に身を捧げてもいいと思っていた。お前のためならおれはお前以外の全部を捨ててやれる。そんな盲目的な言葉を吐けるくらい、おれの世界の中心はルフィだった。ルフィは別に何にもいらねえよと素っ気無いことを言ってしまう上に、おれのためにその手にある何を捨ててもくれないのだけれども。でも、だからこそルフィはルフィなのだ。
 例えばおれがルフィに海賊になることを諦めろと言ってもルフィは絶対に諦めたりしないし、おれの船出の時に一緒に海に出ようと言ってもうんとは言わない。もしもルフィが海賊になることを諦めたり、おれの船に乗るなんて言い出したら、おれはきっとルフィに幻滅してしまうのだろうと思う。おれにとってルフィがルフィであることはそれくらい重要なことなのだ。
 ルフィは誰よりも自由でなければならない。誰にも縛られてはならない。自分の思うままに生きていなければ、それはルフィではない。

「いつかさあ、お前がお嫁にいったとするだろ」
「ばかだな、エース。おれは男だから嫁にはなんねえぞ」
「そっか。うん。そうだな。でもまあ嫁じゃなくても、いつかお前が誰かのもんになっちまったとして、」
「おれは誰のもんにもなんねえけど」
「そしたらおれはさ、きっとその誰かを思いっきりぶん殴りにいくんだろうなあと思うわけだ」
「思いっきり」
「そう。そりゃもう思いっきり全力で。半殺しでは済まないかもしれないけども」
「エースに全力で殴られたら、そりゃあただでは済まねえなあ」
「そんで花嫁を奪って逃げるみたいに、おれはお前を連れ去っちまうかもしんない」
「おーかっこいいじゃねえか」
「その時はお前のことも全力で殴らせてもらうけどな」
「前言撤回。ひどい話だそれは」
「はは。」
 おれにとってルフィが自由に生きていることは何より大切なことなので、それを奪った奴も、自由でなくなったルフィも、おれはきっと同じくらい許せないだろうと思う。
「殴られたくなかったら気をつけとけよ。おれはもうシミュレーションばっちりだ」
「まじか」
「おう。お前がよく話す赤い髪の男とか、その麦わら帽子をくれたやつとか、左目のところに三叉の傷があるやつとか」
「……何でシャンクス限定なんだ」
 それは差し当たってルフィの自由を奪えるような奴が一人しか思い浮かばないからなのだが、きっとそいつもルフィの自由だけは奪わないんじゃないかと思う。ルフィから聞いた話だけではわかりかねるけれども、おそらくそいつもルフィがルフィであることを望んでいる。それは自由を奪えないのと同義かもしれない。おれと、同じように。

 今のおれはもうルフィのために全てを捨ててやることはできないけども、ルフィが自由でなくなるようなことがあればやっぱり殴りに行くのだろう。おれにとってそれはずっと変わらない。
 ルフィはきっと、あの頃と何も変わらぬまま、別に何もいらねえよと言ってしまうのだろう。そしてやっぱりその手に掴んでいる何を捨ててもくれないのだ。そう。ルフィには大切なもんがいっぱいあって、そして誰より欲張りだから、何一つとしてそれを犠牲にしたりはしない。そのくせ、ルフィは大切なものに対してはその身を惜しげもなく擲ってみせる。結局捨てるのと同じ結果になろうとも、ルフィは止めないのだ。

 この戦争の後、再び自由の地で会えて、そして忘れなかったら、おれはルフィをぶん殴ってやりたいと思う。そんで覚えていようと覚えていなかろうと、おれはきっとルフィを抱き締めるだろうと思う。
 それでルフィが変わらぬ笑顔を見せようものなら、今度こそおれは本当に泣いちまうんだろう。



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