いつもと変わらない朝だ、と思う。食卓に並ぶ朝食とは思えないような豪華な料理も、この船の料理人にとっては当たり前のメニューに他ならない。よく朝っぱらからこんな手の込んだものを作るものだ、と隣でウソップが神妙な顔をして頷いてみせたけれども、根っからの料理人であるサンジにとっては何てことのないことであるらしい。下準備は夜のうちに済ませておく。そうすりゃ朝はそんなにやることねえよ。そんな風に言って口から煙を吐いてみせる。
 とは言え、この船に乗っている奴というのは、ことごとく個性的な奴らばかりだからやっぱり大変なんじゃねえかと思う。何と言ったって船長は大喰らいにも程がある大喰らいだ。おそらく生肉をどんと差し出したところで、船長は煮るなり焼くなりそのまま食べるなりして空腹を満たすのだろうが、それは船の厨房を任された料理人が黙っていない。自分の目の前でただ空腹を紛らわすだけの飯を取らせるのは、彼の主義に反するのだ。だからサンジは一日五食の飯にも必ず一手間も二手間もかけたものを出してやるし、みんなで囲む食卓の上にはそれぞれの好みに合わせた料理を並べることを忘れない。食後には紅茶とコーヒーを用意して、とびきりうまいデザートを付ける。
 家事ってやつには終わりがないもんだ。だからきびきび働きな。冬島で暮らしていた時にそう言われたことを思い出す。今日の分をこなしたって、明日は明日の分がある。いつまで経っても減ることのない仕事には辟易したくもなるものだ。人間にもトナカイにも、時には休息ってもんが必要だろう。
 そうだ。サンジもたまには息抜きしたらいいんじゃねえか。良いことを思いついた、と早速サンジに伝えてみる。料理が得意なわけではないけれど、一日二日の飯くらい何とかなるだろう。サンジだってたまには休まねえと。過剰勤務は身体によくない。
 しかしサンジはいつもより長く煙を吐き出して言った。ありがてえ話だが、断るよ。そうして帽子の上からおれの頭を押さえて呟く。なあ、チョッパー。この船でおれから料理を取ってくれるな。
 その時のサンジの顔はおれには見えなかった。

 いつも通りの朝だった。大喰らいの船長は人の飯に手を出すことを忘れなかったし、そんなルフィの行動は毎日のことだというのにゾロはやっぱり怒鳴って、ナミは心底呆れた顔をして、ロビンはそれを微笑んで見ていた。
 誰よりも多く食べたルフィが満足そうにご馳走様を告げると、ナミとロビンには食後のコーヒーが出てきて、おれたちはぞろぞろと部屋を出て行く。やっぱりいつも通りだ。
 だが、昼間は今日もやっぱり釣りだろうか、と部屋を出ようとしたとき、ほらよ、とサンジがわたあめをくれた。
「今はそんだけだ。悪いな。ケーキは晩飯まで待っとけ」
 ナミとロビンが微笑む。サンジはそのまま片づけへと戻り、おれは渡されたわたあめを一口かじる。うんと甘い味が口いっぱいに広がった。

 誕生日というものを、おれはよく知らない。定義をじゃない。生まれた日、それが誕生日だということは知っている。だが、自分が果たしていつ生まれたのか、それをちゃんと知っているわけではないのだ。
 もしかしたら、この船に乗っている連中はみんなそうかもしれない。おれたちは一日中同じ船に乗って、毎日を共にしているというのに、互いの過去やら生まれやらというものを詳しく知らなかったりする。別に隠しているわけではない。改めて語るほどのことでもないと思っているだけだ。おれたちにとっては今一緒に居る、それだけが何よりも大切なことなのだ。
 自分の誕生日について話した覚えは特になかった。そもそも自分が生まれた日をおれは知らない。ただ、おれをトニートニー・チョッパーと名付けた人が、おれの誕生日を12月24日と決めた。ただそれだけのことだ。お前はトナカイだから、とかそんな簡単な理由だった。思えば名前だって、立派な角を持っているから、という理由だった。
 でも、他ならぬドクターが付けてくれたからおれはトニートニー・チョッパーで、ドクターが言ったからおれの誕生日は12月24日なのだ。

 そういえば、魔女と呼ばれた誰よりも優れた医者である恩人が、一年に一度だけ病人を診た対価として甘い物を要求することがあった。この家の財産の半分を、と言われた家主は病人みたいに顔を真っ青にして、そして次に続く、この家に甘い菓子はあるかい、という言葉に目を真ん丸くさせた。そうして差し出された甘い食べ物を、何も言わずおれに差し出す。そして食べ終わったおれにただ一言、ハッピーかい、と聞いた。
 それが一年に一度。思えば、あれは12月24日の出来事だったように思う。誰より不器用な彼女は一度もおめでとうとは言わなかったけれども、遠く離れた船の上で改めて在りし日の優しさを知る。心が、じんとあったかくなった。
 誕生日が何月の何日だっておれは全然構わないけども、ドクターと出会ってから今もずっと祝ってくれる人がいる。それが何より大切で、これからも大事にしなければならないことなのだと思う。


「チョッパーは何か欲しいもんねえのか?」
 クリスマスだというのにあったかい青空の下で釣り糸を海へ垂らしたまま振り返ったルフィが訊いた。
「誕生日なんだ。欲しいものは言っとかなきゃな。もしかしたら今日ならナミもいいって言ってくれるかもしんねえけど、やっぱり言わなそうだな。ナミだし」
 言わねえのかよ、と横からツッコミを入れることをウソップは忘れない。そして、でもやっぱりナミだもんなあ、とサンジが聞いたら怒りそうなことを呟くことも。
「でも今日はクリスマスでもあるから、サンタさんが来てくれるかもしんねえし。欲しいもんあるなら言っとけよ。肉とかさ。でっけえ、うんめえ肉とかさ」
 それはサンタではなくサンジに言うべきことではないだろうか、と思う。思ったけど、言うのは止めた。言わなくたって、サンジはとびきりうまい肉を出してくれるだろう。
 普段なら、欲しいものはいっぱい出てくる。医術は日々進歩するから、新しい医学の本はいくら買ったって終わりがない。新しい薬草だって欲しいし、この船には怪我の絶えない奴らばかりだから包帯とかガーゼとかそんなものも大量に必要だ。
 だが、たぶんルフィの訊いているのはそういうものではないのだ。

 普段の飯よりも更に手の込んだご馳走を大量に並べて、その真ん中にはでっかいケーキが置かれた食卓を囲んだ夕餉に、みんなから祝われながらおれは思う。
 これが、これこそが、最高のプレゼントだ。
 この船には命を落とすのではないかと思うくらいの怪我が絶えない奴らばかりが乗っていて、病人だろうと怪我人だろうとじっとしていない奴らばかりで、医者であるおれは本当に手を焼いてばかりいる。でもそんな奴らを、おれはどんなことをしても助けたいと思う。自分のできる限りを尽くして、できなければ更に学んで、何が何でも助けてやりたいと思う。
 こいつらといれば、おれはきっと一生医者でいられる。ただのトナカイだったおれが、ドクターとドクトリーヌから貰ったもので、自分の大切なものを守ることができる。それが何よりのプレゼントだ。

 とびきり美味いケーキを食べて、膨れた腹をさすりながら、桜の咲いた冬島を想って呟く。

 ハッピーだよ、ドクトリーヌ。



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