これから先の生活をともにするお前に聞いて欲しいことがある。
 今までだって一緒に暮らしてきたわけだけど、ただ一緒にいた今までと、この先ずっと一緒にいることを決めたこれからは同じようで全然違うから、改めて言わせて欲しいんだ。今まで思っていたことも、ずっと言いたかったことも、それから言えなかったことも、全部隠さずに言うから聞いて欲しい。


1 俺より後に寝てはいけない

 お前はやたらと早起きで、朝に弱い俺が起きる頃には既にロードワークに出てしまっている。高校からの習慣となっているそれを否定するつもりはないけれど、やっぱり起きた時に隣にお前がいないのは少し寂しくもある。お前は子どもみたいに体温が高いから、その温かさが消えてしまったベッドは余計に冷たく感じてしまうんだ。
 本当は朝だってお前を抱き締めながら微睡みたいと思っている。けど、そのためにお前の習慣を犠牲にしたいわけじゃないし、お前だってそれは嫌なんだろうから、その代わりに夜はお前を抱き締めて眠りにつきたい。
 朝起きるのが早い分、寝るのも早いお前は俺が帰って来た時にはもう既に夢の中にいることも多い。俺が帰って来るまで起きてろとは言わない。眠っていても俺が帰ってきたら起きて来いとも言わない。お前は寝惚けていて覚えてないのかもしれないけど、俺がベッドに入ると眠そうな顔で一言おかえりと言ってくれる。それだけで十分なんだ。
 普段は全然甘えてくれないお前は、ベッドの中で俺に抱き締められながら寝惚けている時だけ俺の胸に頬を摺り寄せるようにして甘えてくる。それがあまりにも可愛くて愛しくて、お前が寝入るまで俺は寝れなくなってしまった。
 いや、別に朝起きれないのをお前のせいにしてるわけじゃない。俺が言いたいのは、夜寝ているお前を抱き締めながら眠りにつくのは俺にとって至福の時だから、それを奪わないで欲しいってこと。


2 たまには俺より遅く起きろ

 ロードワークから帰ってきたお前が用意してくれる朝食の味噌汁は少ししょっぱいし、ベーコンは少し焦げてるし、目玉焼きは黄身が割れてたり殻が入っていたりと毎日作っている割にはいつまで経ってもなかなか上達しない。それでも不器用なお前が俺のために作ってくれるから、俺にとっては高級ホテルの朝食よりも価値のあるものだし、お前の作ってくれる朝食じゃなきゃ物足りなく感じるようになってしまった。
 朝食が出来上がってもまだ俺が起きて来ない時、起こしに来てくれるのはありがたいけど、欲を言えばキスの一つだってしてくれてもいいんじゃねぇかと思っている。キスだって、それ以上のことだって何度もしてきているというのに、未だにキス一つを恥ずかしがるのはそれはそれで可愛いと思ってはいるけど。とはいえ、お玉でフライパン叩きながら部屋に入って来るってのはどうかと思う。あの音は心臓に悪いから本当に勘弁して貰いたい。キスは無理でも、せめてお前の声で起こして欲しい。
 朝早く起きて、朝食を作って、たまに焦げ臭い時もあるけど朝食の良い匂いが漂う中で俺を起こしてくれる。それ自体は嬉しいし、贅沢だと思ってるくらいで、不満なんてない。
 それでも、わがままとわかっていて言うけど、たまには、例えば一月に一回でもいいから寝坊して欲しい。
 朝目が覚めて、腕の中に無防備な顔して眠っているお前がいる。それにどれだけ幸せを感じているかお前はきっと知らない。
 お前が寝坊した日は代わりに俺が朝食を作る。お前が作る時は殆ど和食だから、てっきり朝は和食派なんだと思っていたら、実は昔から和食ばかりだったせいで洋食のレパートリーがないのだと知った。朝食が洋食だと何だか特別な気がすると言うから、俺が作る時はいつも洋食だ。
 俺は自分の珈琲を淹れて、珈琲が苦手だというお子様舌のお前にはオレンジジュースを注ぐ。ずっと牛乳だったのが、いつからか変わったことにお前は気付いていただろうか。牛乳ばかり飲んで俺よりでかくなったら困ると思っていたけど、さすがに成長も止まってくれたようで安心している。お前が俺よりでかくなったからって嫌いになるわけないけど、なんつーか男のプライドってやつ。お前の前では少しでも恰好つけたいんだよ。


3 家事を上手くやろうとするな

 二人での生活を始めるにあたって家事当番というものをつくってはみたものの、俺は仕事柄時間が不規則で暫く家を空けることもある。そのせいで当番なんてあってないようなもので、結局お前ばかりが家事をしている。
 高校のとき寮生活だったおかげか、洗濯も掃除もそれなりにできる。部屋はいつも塵一つないとは言わないまでも散らかってはいない。料理は寮生活ではやっていなかったせいかあまり得意ではないけど、できないわけじゃない。だが、できるからといってそれが苦にならないとは限らないのだ。
 色物を洗濯した時には色落ちを防ぐため裏返して干すとか、南瓜はヘタの部分がへこんでいる方が美味しいとか、大根は一度冷凍した方が味がしみ込みやすいとか、そんな主婦みたいな知識をいつの間にか仕込んでいる。お前はそれを自慢げに披露する。
 お前が家事を楽しんでいるのなら何も言うことはない。けれどもし、それを自分の仕事だと思っているのなら、それは違うと覚えておいて欲しい。
 俺はお前に完璧を求めてはいない。失敗したっていい。重荷に感じるならサボったっていい。本来二人でやるべきものなのにお前にばかり負担をかけるのは本意ではない。
 一緒に暮らすのは俺が少しでも長くお前といたいから。ただそれだけだ。部屋が散らかってたって、料理が作れなくたって、そんなことは構いやしない。
 お前ができないことは俺がやる。だからお前は俺の隣でずっと笑っていて欲しい。


4 あまり可愛くいてくれるな

 お前は無自覚すぎる。俺にとって一番の問題がこれだ。
 俺の前ではいくらでも可愛くいてくれていい。むしろもっと甘えてきてくれると嬉しい。だが、俺のいないところではその可愛さは封印しろ。
 お前は昔から絶えず人に囲まれていて、今でもそれは健在だ。他人と壁を作らないというか、誰とでも打ち解けて仲良くなっちまうし、気付かないうちにどんどん知り合いが増えていく。俺はお前の口から知らない奴の名前が出てくる度に気が気じゃない。
 自分が人を惹きつけているということにもっと自覚をもって欲しい。なんせ俺が落ちたくらいだ。男でも女でも、おっさんでも子どもでも、どんな奴でもとにかく油断ならない。初対面の奴はもちろん、何度か会ったことがある程度の奴でも警戒心を解いてはいけない。だからといって、親しい間柄だと思っている奴も信用しきってはいけない。
 本音を言うなら俺以外の奴には心を閉ざして欲しいくらいだが、せめて小湊と金丸と倉持と増子先輩くらいは許そう。小湊と金丸はしっかりしていて信頼できるし、増子先輩は父親みたいなもんだ。倉持は正直なところ少し抵抗はあるが、お前にとって兄貴みたいなもんだから、百歩譲って認めるとしよう。なんだかんだ言ってあいつも面倒見いいし。
 飲み会に行くなとは言わない。いや、できることなら行ってほしくはないけど。とは言え付き合いってものもあるし、俺だって断れない飲み会はあるから、禁止はしない。その代わり行くときは小湊か金丸と一緒に行け。この際倉持でもいい。
 門限をつくる気はないが、だからと言って朝帰りは認めない。遅くなってもちゃんとここに帰ってくること。俺がいる時は迎えに行くから連絡すること。俺がいないときはどんだけ金がかかってもタクシーで帰ってくること。とにかくそれだけは約束して欲しい。


5 ほんの少しでいいから嫉妬してくれ

 プロ野球選手はスポーツ選手であって芸能人ではないというのに、プライベートを記事にされることが多々ある。俺も若手の独身選手だから、意に沿わない記事を書かれることもあるだろう。現によく知りもしない女との記事が載ったこともある。
 俺は絶対に浮気はしない。それを疑われるのも悲しいが、他の女と噂になって一切気に留められないというのも切ない。信用されていると思えば嬉しい。けどやっぱりやきもちだってやいてほしい。
 俺に関して嫉妬したこととかないだろ。俺はいつもしてるのに。しかもその筆頭はクリス先輩だ。
 お前何でそんなクリス先輩好きなの。いや、すごい人だってのは認めるけど。でも俺とクリス先輩どっちが好きかって訊かれてクリス先輩って即答するのはどうかと思う。少しは悩めよ。っていうかそこは俺って答えろよ。
 それから俺が渡した指輪、何で指に嵌めてないんだよ。首から下げてるから身につけるのが嫌なわけじゃないってことはわかってるけど、指輪は虫除けのためでもあるっていうのに指に嵌めないと意味がない。
 同性同士ってのはマイノリティだから堂々と俺たちの関係を公表するわけにはいかない。当人がどれだけ本気かも知らないで面白おかしく書き立てられるのは御免被りたいし、お前が傷つくようなことはしたくない。でも、これが普通に社会に受け入れられることなら俺は言いたい。お前は俺のもんだって。お前を狙う奴らに牽制したい。それができないからこその指輪なんだ。どうか、わかってくれないか。


6 家族は大事にしろ

 あの日、お前との関係を伝えに長野に行った時、実は俺は淡い期待を抱いていた。お前から伝え聞く話では豪快なお祖父さんと、少しやんちゃをしていた頃の名残が残っているお父さんと、しっかり者のお母さんがいて、甘やかしているわけではなく、お前に対して理解のある家族だったから、ちゃんと話せばわかってくれるんじゃないかって、そんなことを思っていた。
 冷静に考えればそんな筈はないよな。
 今まで大事に育ててきた一人息子が、あろうことか男を連れて来たんだ。卒倒したって仕方がない。
 俺はお前とのことを後悔したりはしないけど、あの時だけは本当に悪いことをしたと思った。お祖父さんとお父さんは厳しい顔をして、お母さんは泣いていた。当然だ。相手が女なら、どれほど器量が悪くても、見栄えが悪くても、男の俺より何倍もましだっただろう。
 俺が相手ではお前との間に子どもはできない。御両親に孫の姿を拝ませてやれない。それを心底申し訳ないと思うのにお前を手放せない俺はなんて酷い奴なんだろう。そう思いながら俺にできることは土下座しかなかった。
 お前に幻滅されそうで言えなかったけど、あの時俺は許して欲しいとは思わなかった。許されなくていい。恨まれていい。俺からお前を取り上げられなければ、どう思われたっていいって思ってた。
 そう思ってたからなのか、お前は勘当されて二度と敷居を跨ぐなとまで言われた。ビンタの一発もなく、お祖父さんはお前の顔すら見なかった。あの瞬間、俺はお前に家族を捨てさせたのかって実感したよ。
 俺が関わらなければお前が道を踏み外すことはなかっただろう。家族のもとに連れて行くのは女で、お前のことだから世話焼きの姉さん女房とかで、笑顔で迎えられて何事もなく祝福されたんだろう。
 俺が勝手にお前のことを好きになって、殆ど無理矢理俺のものにして、家族まで捨てさせた。一番の被害者はお前だ。酷いことをしているという自覚はあるのに俺はお前を手放せない。ごめんな。
 それから、これは言うべきか迷ったけど、隠し事はしたくないから言っておく。
 お前の御両親から俺のとこに連絡があったんだ。長野に行って、一週間後くらいだ。お前には厳しいことを言ったけど、あれはお前の覚悟が見たかった、同性同士は世間からの風当たりが強いだろうし、勘当されたくらいで俺との関係が壊れるなら早めに別れた方がいいって思ったんだ、って。
 きっとその言葉は本当だろう。けれど俺を許せない気持ちがあるのも本当だと思う。
 あと、もしお前が本当に困った時には帰って来るように言ってくれとも言われたよ。これは俺への牽制でもあったんだろうけど。
 俺のことはどう思っていても、お前はやっぱり家族だから、勘当だって言っててもちゃんと想ってくれてる。お前も家族を大切に思ってくれてていい。それは俺への裏切りにはならないから。


7 俺より早く逝ってはいけない

 これから歳とって、おじさんになって、おじいさんになって、そしてやってくる最期の時の話だ。
 一日でいい。一秒だっていいんだ。俺より長生きをしてほしい。
 涙を流せとは言わない。ただそこにいてくれるだけでいい。それだけで俺は最期まで幸せでいられるから。